【書評】『緩和ケア医ががんになって』|看護師が読むと「明日の声かけ」が変わる本

【書評】『緩和ケア医ががんになって』|看護師が読むと「明日の声かけ」が変わる本

「大丈夫ですよ、おむつだから漏れても平気です」

私は今まで、何度この言葉を口にしてきただろう。励ましのつもりで、安心してもらうつもりで。

でもこの本を読んで、はじめて考えました。 その言葉を、ベッドの上の人はどんな気持ちで聞いていたのだろう、と。

今回紹介するのは、緩和ケア医の大橋洋平先生が書いた『緩和ケア医ががんになって』です。

看護師として現場に立っている人ほど、読んだあとに何かが変わる本だと思います。

この本はどんな本?

著者の大橋洋平先生は、2000人以上の看取りに関わってきた緩和ケア医です。 がんの終末期にある人のそばに、ずっと寄り添ってきた側の人。

その先生自身が、10万人に1人といわれる希少がん「GIST(ジスト)」と診断されます。

本書は、告知から治療、転移の宣告までを、医師でありながら患者でもあるという二重の立場から書き綴った記録です。

医学的な解説書ではありません。 どちらかというと、日記に近い。弱音も、恥ずかしさも、みっともなさも、そのまま書いてあります。

だからこそ、看護師が読むと刺さります。

看護師が読むべきだと感じた3つの理由

理由1:ケアされる側の「本音」がそのまま書かれている

私たちは患者さんから「ありがとう」と言われることは多くても、「あれは辛かった」と言われることはほとんどありません。

言えないんです、普通は。 これから世話になる相手に、不満は言いにくい。

大橋先生は医師であり、しかも書き手でもあるから、その言えない部分を言語化してくれています。

  • 検査中に体位変換を何度も求められることの、体力的なきつさ
  • 栄養剤を飲み続けることの、味と下痢との闘い
  • 54歳でおむつを着けることの、羞恥心

どれも、私たちが「業務」として毎日こなしていることです。 その業務の裏側に、これだけの感情があるのだと突きつけられます。

理由2:「良かれと思って」が届いていないことがある

本書のなかで一番こたえたのは、患者側から見ると医療行為が苦行に近いと感じられる瞬間がある、という記述でした。

もちろん必要な検査ですし、必要な治療です。 それは大橋先生も医師として理解している。理解したうえで、それでも辛いと書いている。

ここが大事なところだと思いました。

「必要だから仕方ない」で終わらせるのか。 「必要だけど辛いですよね」と一言添えるのか。

処置の内容は変わらなくても、患者さんの体験はまったく別のものになります。

理由3:「いい患者さん」の正体がわかる

大橋先生は、遠慮せずわがままに、自分のやりたいことを今やる姿勢を勧めています。

これを読んで、私は自分の受け持ち患者さんの顔を思い浮かべました。

いつも穏やかで、ナースコールもほとんど押さない、いわゆる「いい患者さん」。

あの人は本当に困っていないのか。 それとも、我慢しているだけなのか。

忙しい病棟では、手のかからない人ほど後回しになります。 その構造に、私は加担していなかったか。

読んだあと、いつもより一回多く、その人の部屋を覗きに行くようになりました。

「引き算」ではなく「足し算」で数える

もうひとつ、看護に持ち帰りたい考え方があります。

余命を告げられると、人は「あと何日」と引き算をはじめます。 数字は減っていく一方で、減るたびに心も削られていく。

大橋先生が行き着いたのは、その逆でした。 告知の日を起点に、今日で何日生きられたかを足していく数え方です。

同じ日々を過ごしていても、数え方を変えるだけで、増えていくものに変わる。

これは患者さんに押しつける言葉ではありません。 でも、話の流れのなかでそっと差し出せたら、救われる人はいると思います。

そして正直に言えば、これは看護師自身にも効く考え方です。 「あと何年働かないといけない」ではなく、「ここまで何年やってきた」と数えてみる。

読むときに気をつけたいこと

いい本ですが、万人向けではありません。

いま実際にご家族ががんの治療中という方や、ご自身が闘病中の方が読むと、しんどく感じる場面があるかもしれません。 本書は「前向きになれる話」だけで構成されているわけではなく、怯えや弱音もそのまま書かれているからです。

逆に言えば、きれいごとを書いていないのがこの本の誠実さでもあります。

医療者として読むなら、そこがいちばんの価値だと思います。

こんな人におすすめ

  • がん看護、緩和ケアに関わっている看護師
  • 「業務としてのケア」に慣れてしまったと感じている人
  • 新人指導で、技術以外の何かを伝えたいと思っている先輩看護師
  • 患者さんの気持ちがわからなくなってきた、と悩んでいる人

逆に、緩和ケアの知識を体系的に学びたい人には教科書のほうが向いています。 これは知識ではなく、視点をくれる本です。

まとめ:明日の採血が、少しだけ変わる

この本を読んでから、採血のときに手が止まるようになりました。

針を刺す一瞬に、患者さんがどれだけ身構えているか。 「血管が細くてすみません」と謝る人が、どんな気持ちでそう言っているか。

技術は変わりません。手技も同じです。 でも、その前後の数秒に何を思うかは変えられる。

看護師として長く働いていると、どうしても手が先に動くようになります。 それは悪いことではなくて、必要な効率でもある。

ただ、年に一度くらいは、こういう本で立ち止まったほうがいい。

明日の検温、明日の採血、明日の声かけ。 そのどれかが少し変わるだけで、誰かの1日は変わります。


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